東日本大震災の被災地の様子。
3.11から2、3日後に撮影したひたちなか市、水戸市付近の写真です。
私は当時仕事も休みになり、やることもほとんどなかったので、原付や自転車に乗ってまわれるところを回って写真を撮っていました。
少しですが紹介していきたいと思います。
水道、電気がとまりライフラインはゼロという状態。
本当に悲惨な現場でした。
また、那珂湊、大洗付近の写真も収めておりそれはまた別の記事で紹介していますので、よそしければご覧ください。
震災当日の夜 営業していたコンビニ
震災当日の夜でも車のエンジンをつけて店内をライトを照らし、電卓でお会計をしながら営業をしていたセブンイレブン。
入口に車を置いて店内をライトで照らしていました。
食料品の棚はもうほとんど何もありませんでした。
こうやって見るとお茶などはまだまだたくさんありましたね。もちろん冷蔵庫は動いていませんが。
酒類の瓶が落ちて割れて酒の匂いが十万していました。
酒はほとんど売れ残っていた印象です。
こんな時にでも営業を続けてくれたコンビニに、多くの人が助けたのではないでしょうか。
震災の次の日 水を求めて並ぶ人々
震災の次の日、水道が止まってしまったので水を求めて中学校で行われていた給水場へ。
そこにはすでにものすごい人数の人々が並んでいました。
もはやパニック状態です。
どこが最後尾なのかもはやわかりません。
私は家からポッドとやかんをもって向かいましたが、この行列を見て給水場で水をもらうのをあきらめました。
自衛隊の車とかを見ると、まさにテレビとかで見る被災地じゃんって気持ちになりました。
体育館が避難所になっていたようですが人はほとんどいませんでした。
プールの水を汲んでトイレを流す用の水に使ったりもしました。
被災中はとにかく水の確保が大変でした。
近くに湧水がわいている場所や井戸水が汲める場所を把握しておくことがとても大切です。
水があるだけで気持ちがとても楽になります。
私も家の近くの湧水を何往復もして汲んで、お風呂にためて生活用水にしていました。
お店からはポリタンクなどが売り切れて無くなるので、家に1つは用意しておくとよいと思います。
街の風景 道路の陥没 石垣の倒壊
街はいたるところで道路の陥没が起きていました。
液状化現象による影響などでしょうか。
勝倉下付近の画像です。田んぼがひろっがっており地盤が弱いためか、いたるところで道路が陥没してます。
上の写真の様にいたるところでマンホールが吐出していました。
それに気づかずに上を走ってしまった車が、エンジンの下まわりなどをぶつけてしまいオイルが漏れだしてしまっています。
家の外構の石垣はほぼすべての家で倒壊していました。
早くも補修工事が始まっているところもありました。
上の2枚は薬師台アパートの通りの道です。
陥没が起き完全に走行不能状態でした。車がいなかったのせめてもの救いです。
全面ガラスのビルも割れてしまっていました。
中根のイーグルゴルフセンターに入るところに道です。
液状化の影響により完全に走行不可能な状態です。
もしも車や歩行者がいたらと思うと恐ろしいです。
いたるところでガソリン渋滞
被災中は供給が間に合わずガソリンが枯渇していました。
どこどこのスタンドにガソリンが入るという情報が入ると、そこの店はガソリン渋滞が起きていました。
何時間も並ぶのは当たり前の状態でした。
夜中のうちに車を置いて車だけ並ばせておいて置く人もたくさんいました。
被災中はガソリンを手に入れるのがとにかく大変でした。
那珂湊線 線路の崩壊
那珂湊線の被害もすひどかったです。
いたるところで線路が曲がったり砂利が流れて崩壊していました。
ここは線路のそばに沼がありその沼が地震ですべて流れてしまって、地盤が無くなり線路もこのように宙ぶらりんになってしまっています。
電車はここに止まっていました。乗客がどれくらいいたのかはわかりませんが、安全に止まることが出来たみたいで本当によかったです。
かなりの被害の大きさに当時はこのまま廃線になるなんて噂もありましたが、現在那珂湊線は完全に復旧しています。
建物被害 ワンダーグー 勝田駅 自遊空間
建物の被害もかなりありました。
特に吊るし天上のような構造をしているところはほとんどの天井が落下していました。
中でもワンダーグーの被害はすごかったです。
一階も二階も天井が落下してしまっています。
恐らく地震発生の時もお客さんはたくさんいたと思いますから、かなりパニックになったことでしょう。
全ての人が速やかに避難できていたことを願います。
外から見てもその被害がわかります。
丁度二階の天井の位置の外壁がひび割れてしまっています。
勝田駅の天井も同じように崩落してしまいました。
意外ともろいつくりなんだなあと感じた記憶があります。
勝田駅はしばらくは天井がない状態でしたね。
六号沿いにあった漫画喫茶です。
ものすごい倒壊具合です。
二階の壁がすべて倒壊しております。
建築法とそういうのに問題はなかったのかって思わせられるレベルです。
中の人たちは相当怖かったのではないでしょうか。
現在この建物は完全に取り壊して更地になっています。
まとめ
画像と共に改めて振り返ってみるとその被害はかなり大きかったのだなと思い返されます。
あれから9年が経ち、その時の大変だったことや備えの気持ちなどもだいぶ薄れてきてしまっているのが正直なところです。
しかし、最近のコロナウィルスなどの現象を見ていると時々この震災と被る部分があるなと感じます。
こうして、時々被災中の事を思いだして備える気持ちを忘れないようにすることが大切だと思います。
たまたま撮った私の記録が少しでもその役に立てれば幸いです。